RSS
 

放射性物質の影響 なお続く

14 9月

先週、岩手県某所に出張した。当地は東京電力福島第一原発から直線距離で約170kmと比較的離れているものの、放射性物質のホットスポットとして今なお農業経営者は苦しめられている。

あらかじめ、本記事を書くにあたってお断りしておきたいことは、同地がホットスポットであることと出荷される食品の安全性に相関はないということ。筆者の見聞きしたことは酪農に関することだが、生乳はきちんと検査されており、問題ない製品として流通しているからだ。

当地で酪農を営むAさんは、これまで放牧を経営に取り入れるなど草地型の酪農を続けてきた。今回の原発事故によって、その経営理念は覆されることになり、ご本人のモチベーションは格段に下がっていた。
1番草(1回目に刈り取る牧草)は乳牛に給与できる基準を超え、使うことはできなかった。当然、放牧もできない。2番草(2回目に刈り取る牧草)も同様に給与できず。3番草(以下、同)も基準値を超え、使うことができないという。
Aさんの周囲の地域では、次々と利用制限が解除され、放射性物質のレベルは落ちた。しかし、Aさんの地域は下がらない。
「来年はどうだろうか…」と悩むAさんに「大丈夫だよ」とは声をかけられなかった。

それでも、Aさんには全国に酪農の仲間がいて、彼らがAさんの支えになった。牧草の利用制限がかかったことで、近隣の県で酪農を営むBさんが、自分で育てた牧草を一部融通してくれたという。
また、近所の農家も昨年刈り取った牧草を融通してくれたという。震災後、とくに目につく言葉で、使われすぎた感があるが、「絆」がはっきりとそこにあった。

Aさんたちは、9月末に東電に賠償請求をする。自分の牧草が使えなかったことによる代替えの購入飼料費などが賠償請求対象だ。これまでAさんは自身の貯蓄からそれらをねん出していた。
「賠償までの資金繰りのため融資の話もあるが、請求額がそのまま支払われるか不透明。だから金は借りられない」と本音を話す。

目に見えず、においもせず、刺激すら感じない敵「放射性物質」との戦いは、まだまだ続く。



 
 

Leave a Reply